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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)5197号 判決

理由

第一  原告の訴外会社に対する本件各手形金債権の存否について

一  訴外会社が本件各手形を振出したことおよび原告が右各手形を所持していることは当事者間に争いがない。

二  次に、その存在が証拠となる《証拠》によると、右各手形面上に、それぞれ別紙手形目録(一)、(三)、(四)の裏書関係各欄に記載の如き内容の記載のなされている事実が認められ、右認定事実によれば、右各手形については、それぞれ受取人である石田屋から所持人である原告に至る裏書の連続を認めることができる。

一方、《証拠》によると、本件(二)の手形は、受取人欄を白地として振出されていることが認められ、右認定事実によれば、右手形の振出人である訴外会社は、後日右手形の所持人をして右白地部分の補充をなさしめる意思を有していたものと推認することができるが、本件全証拠によるも、未だ右補充が適法になされた事実は認めることができない。したがつて、本件(二)の手形については、未完成の手形として、被裏書人たる原告において、その権利の行使は許されないものといわなければならない。

三  そこで、以下に本件(一)(三)(四)の手形関係について検討する。

本件各手形が石田屋に融資を受けさせる目的で訴外会社によつて振出された手形であることは当事者間に争いがないところ、被告らは、右手形振出にあたつて訴外会社と石田屋との間には、右手形金の支払資金については、石田屋がこれを準備し、訴外会社にこれを負担させない旨の約定(本件特約)がなされていたこと、および原告が右特約を知りながら訴外会社を害する目的で右各手形を取得した旨主張するので、この点について検討する。

まず、訴外会社は、取引社会において通用すべき手形として本件各手形を振出しているのであるから、右本件特約は訴外会社と石田屋との間の内部的な資金関係にすぎず、手形を取得した第三者に対しては同人が右特約を知ると否とにかかわりなく、振出人としての責任を負うべきではないかと考えられる。のみならず《証拠》によると、本件各手形を含めて後記の如く手形が訴外会社から振出された際に、その支払資金については、同社と石田屋との間で被告ら主張の如き本件特約によつて各手形の支払期日の前日までに石田屋において支払資金を準備すべきことが約束されていたことが認められるものの、原告が後記の如く本件各手形を取得した際に右特約の存在を知悉していた事実については、これを認めるに足りる証拠はない。よつて、被告らの右主張は理由がない。

四  次に被告らは、訴外会社と原告とが石田屋の債務について実質的に共同保証人の関係にある旨主張するので検討するに、本件各手形が石田屋の資金獲得を目的として訴外会社によつて振出された手形であることは前記のとおりであり、一方、原告が石田屋と城南信用金庫との取引関係について石田屋の債務を保証した事実は当事者間に争いがなく、《証拠》によると、原告はその他にも訴外大東京信用組合、同菓商保証協会他一ケ所に対して同様の保証をしていたことが認められるところ、右振出後の各手形の流通過程をみるに、《証拠》によると、本件(一)の手形は、訴外降籏吉次が、本件(二)ないし(四)の手形は原告が、それぞれ石田屋から割引を依頼され、各振出日のころ各手形金を支払つて取得したこと、本件(一)の手形は、その後降籏から取立を委任された訴外東京都民銀行によつてその支払期日に支払場所において呈示され、支払を拒絶されたが、原告は、もともと降籏が右手形を割引く際に同人に対してその手形金の支払を保証していたため、右保証債務の履行として右手形金を支払つてこれを取得したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかして、右認定事実によれば、本件(二)ないし(四)の手形については、原告が石田屋からこれを直接取得したものであつて、石田屋の金融機関に対する債務の保証の履行として金融機関から取得したものではなく、したがつて被告ら主張の如き実質的な共同保証の関係を論ずる余地のないことは明らかであり、また、本件(一)の手形についても訴外会社と原告との間に降籏に対する共同保証の関係を論ずる余地はなく、被告らの右主張も結局全部理由がない。

五  以上の事実によれば、原告は、本件(一)、(三)、(四)の各手形について自己に至るまでの順次裏書の連続のある手形の所持人として訴外会社に対して右各手形債権を取得するに至つたことが明らかである。

第二  訴外会社と被告会社の法人格の同一性について

一  証拠によると、訴外会社は昭和四四年二月二五日に不渡手形を出し、同年三月一日に銀行取引停止処分を受けて倒産したことが認められ、(同社が不渡手形を出して倒産したことは当事者間に争いがない)、被告会社が同年二月二四日に設立されたこと、被告会社の代表取締役となつた館野元次が訴外会社の代表取締役であつた被告館野孝一の実弟であること、同社の事務所の所在地が同一であること、その営業目的については、訴外会社が「米菓類の製造販売」であり、被告会社が「せんべい、あられ製造並びに販売」であり、両社の実質的業務内容が同一であることについてはいずれも当事者間に争いがないところ、原告は訴外会社の倒産と被告会社の設立が訴外会社振出の手形の支払を免かれるために行なわれた計画的なものであり、両社の法人格は実質的同一性が認められる旨主張するので、この点について検討する。

二  まず、訴外会社倒産の経緯についてみるに、《証拠》によると、訴外会社は、昭和三五年八月三〇日に前記営業目的のもとに資本金一五〇万円で設立されて以来米菓類の販売を業とし、その経営は、被告館野孝一が代表取締役となつて、同人を中心に営まれ、館野元次が営業部門を担当し、その他両名に縁故のある者も右経営に参加していたこと、訴外会社は、後記の如く、昭和三八年ころより石田屋から依頼を受けて同社のために約二〇〇〇万円の融通手形を振出していたが、右石田屋は、昭和四三年ころから機械、設備の拡充に着手して、当時多額の資金を必要としたところ、たまたま同年一一月ころ取引先の訴外会社丸千商事が倒産したので約八〇〇万円の損害を被り、これらの資金繰りから経営状態の悪化を見たこと、これに続いて石田屋は訴外会社との本件特約に反して同社振出の手形の支払資金の準備に事欠く状態に陥つたが、更に訴外会社に融資を懇請するに及び訴外会社は、右懇請を容れて同年一一月に三〇〇万円、一二月に五〇〇万円、昭和四四年二月に更に約七〇〇万円を石田屋に融資し、継続して同社を援助したこと、石田屋に対する右融資金については、訴外会社は自己資金のみならず、金融機関から調達した融資金をもこれに充て、可能な限り石田屋を援助したこと、しかし、石田屋は、後記の如く金融機関からの融資を断たれたことが直接の原因となつて、遂に資金繰りができなくなり、同年同月二四日手形の不渡事故を起し、同月二八日に銀行取引停止処分を受けて倒産するに至つたこと、ところで、訴外会社の経営状態も石田屋に対する以上の援助のために、当時資産約四、五〇〇万円に対して負債約八〇〇〇万円の多きを数えるに至り、遂に石田屋に対する約一五〇〇万円の債権を抱えたまま石田屋の倒産に引続き同月二五日前記の如く自らも手形の不渡事故を生じて三月一日に倒産したこと、被告館野孝一は、右倒産後の整理として、訴外会社が当時有していた在庫商品、建物、売掛債権等一切の財産を同社の債権者らに提供した後引退したこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

次に、被告会社設立の経緯をみるに、《証拠》によると、石田屋の資金繰りが急に悪化し、訴外会社の関連倒産も危ぶまれるに至つた石田屋倒産の約一週間前ころから、訴外会社の債権者らは、その倒産を懸念して、それまで長年にわたり訴外会社において経営に携つていた館野元次に対して右債権者らの商品を販売することを目的とする会社を設立するよう要求指示したこと、館野元次は、債権者らの右求めを受けて前記の如く同年二月二四日に資本金一〇〇万円の被告会社を設立し、自らその代表取締役に就任したこと、ところで、被告会社の設立、経営のための資金は、訴外会社の債権者、館野元次および同人の妻の実家からの出資によつて賄われ、また被告会社は、右債権者らから訴外会社の放出した前記建物、機械等の提供を受けてその資産の構成を図つたこと、なお、右建物の敷地は、もともと被告館野孝一、館野元次ら兄弟の共有物であつたため、訴外会社倒産後も引続き被告会社が借用していること、また、被告会社は、訴外会社の従業員約二〇名をそのまま雇入れたこと、その取引先も新たに拡張した所を途いては訴外会社のそれと変らないこと、その経営は、館野元次が中心となつて行なわれており、被告館野孝一は、その後被告会社の工場で働くことになつたが、その設立当初から現在に至るまで被告会社の経営には全く参加していないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人の供述部分はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三  そこで、以上の事実を前提に原告の前記主張を検討するに、訴外会社が多額の融通手形を振出した状態で倒産した直前の時期に被告会社が設立されたこと、被告会社が訴外会社と同じ建物を使用し、その従業員を継続して雇用し、同一の営業をしているうえ、その取引先も訴外会社のそれと同一であること、被告会社、訴外会社の各代表取締役の間に近親の関係があること等の諸懲憑が認められる。

しかしながら、訴外会社の倒産が、資金援助先である石田屋の倒産に原因した前記認定の経緯、および被告会社の設立が専ら訴外会社の取引先の意向に従つたもので、訴外会社の代表者であつた被告館野が被告会社の経営から斥けられている事実からすると、いまだもつて直ちに「計画倒産」の事実を認めるには足りず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

また、訴外会社と被告会社の同一性についても、右の如き被告会社設立の経緯と右設立後の前記認定の被告会社の資金的、人的構成ならびに被告館野の経営上の前記の立場に鑑みると、いまだもつて直ちに両会社の法律上又は不法行為責任を伴なう事実上の同一性を認めるには足りないといわざるを得ず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

したがつて、原告の前記主張は全部理由がない。

第三  被告館野の責任について

一  原告が本件各手形をそれぞれ手形金相当額を支払つて取得したことは前記のとおりであるところ、《証拠》によると、右各手形はそれぞれ支払期日(本件(二)の手形は支払期日の翌日)に支払場所で呈示されたがいずれも支払を拒絶されたことが認められ(本件(一)の手形については前記認定のとおり)、一方、訴外会社が既に倒産していることは前記のとおりである。

他方、原告が被告会社に対して本件手形金の請求をなし得ないことも既に述べたとおりである。

したがつて、原告は、本件各手形の取得により、右手形金相当額の損害を被つたものということができる。

そこで、進んで、本件手形振出および訴外会社の倒産についての被告館野の責任につき検討する。

二  訴外会社の倒産に計画性が認められないことについては前記のとおりであるが、《証拠》によると、本件各手形は、いずれもその振出日のころ、すなわち、昭和四三年一二月一〇日ころから昭和四四年二月七日ころにかけて振出されたことが認められるところ、前記認定の事実によれば、石田屋は、本格的な設備拡充を始めて資金を必要としていた矢先に丸千商事の倒産により多額の損害を被り、昭和四三年一一月ころから経営の悪化を来たして、訴外会社振出の融通手形の支払資金にも事かく状態にあつたこと、しかしながら、訴外会社は、そのころから昭和四四年二月にかけて石田屋に対して多額の融資を続けたが、同社に対する援助は、訴外会社が自ら金融機関から融資を受ける方法によつてまでも行なわれたことは前記認定のとおりであり、一方右事実に訴外会社の倒産に至る前記認定の事実を加えると、そのころは、訴外会社もまた相当な資金難に陥つていたことが窺われ、また《証拠》によると、訴外会社の代表者であつた被告館野自身も石田屋から丸千商事の倒産による右被告と資金難を告げられていたことが認められる。

三  原告は、右各手形の振出が石田屋および訴外会社の資力を顧みずになされた旨主張するので、この点につき更に検討するに、《証拠》によると、石田屋は、あられ類を製造していたが、その生産量の約半分を訴外会社に販売していたこと、原告は石田屋の代表者石田幸男と昭和二七、八年ころからの親友であり、同業者でもあつたが、その原告やその他の石田屋の取引先もまた石田屋に対する資金援助に加わつていたこと、ことに原告は、昭和三八年ころから前記のとおり石田屋の取引金融機関である大東京信用組合、城南信用金庫その他二ケ所に対して石田屋の取引についての根保証をしたこと、しかして石田屋が資金難に陥つた昭和四三年一一月以後も訴外会社原告、その他の援助者は、右資金難が一時的なものであるとの石田幸男の言を信じ、自らも同社に対して将来の見通しを立てたうえで前記認定のとおり可能な限りの援助を続けたこと(原告がそのころ石田屋ないし訴外会社の倒産を危ぶんでいなかつたことは、前記の如く、本件(二)ないし(四)の手形をそのころ取得したことによつても充分にこれを窺うことができる、ところが、原告は、偶々昭和四四年二月一二日ころ右金融機関に赴いて石田屋の債務についての当時の自己の保証額を尋ねたところ、大東京信用組合に約五〇〇〇万円、城南信用金庫に約三〇〇〇万円の保証債務の存することを知らされ、にわかに不安の念に駆られた結果右金融機関に対してその後の保証を断わつたこと、そのため石田屋の金融機関は、同社に対する貸付、手形割引等一切の融資を中止するに至り、そのことが致命的な原因となつて前記の如く石田屋は倒産し、続いて訴外会社も関連倒産しなければならなかつたこと、以上の事実が認められる。

四  以上の事実によれば、訴外会社が石田屋の依頼に応じて本件各手形の振出を含む多額の資金援助を継続した理由の一つに、訴外会社が石田屋の主要な取引先であつたことが容易に想像される一方、ともに資金繰りを悪化させていたとはいえ、石田屋と訴外会社の倒産の直接的原因は、石田屋が金融機関から融資を中止されたことにあるところ、そこまでの事態を被告館野らが予想し、あるいは予想し得たことを認め得る証拠もなく、他方、被告館野のみならず、原告、その他石田屋に対する援助者らがいずれも石田屋の回復を信じて援助を続けていた事実に照らすと、他に立証のない本件において、本件各手形の振出および訴外会社のその後の倒産につき、同社の代表者としてなした被告館野の行為に職務上の過失を認めることはできないというべきである。

したがつて、この点に関する原告の主張も理由がない。

第四  以上によれば、原告の請求には理由が認められないので、これを棄却する。

(裁判長裁判官 安井章 裁判官 岩垂正起 岡山宏)

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